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GP輝凛E1 第3回 担当●河上裕マスター
「何かが道をやってくる?」


「聞こえるかい,アビー?」
 僕はアビーの意識に直接話し掛けた.この大陸のどこに存在していても,その距離に関係なく,僕は声を届けることができる.
ガナン?ガナンなのか
 声が,返ってくる.
「そうだよ,アビー.僕は今からあなた達の先回りをするからね.光の山で,僕を見付けてほしい.そして,僕を止めてくれるかい」
 心の底からの,願いだった.聖なる山での仕事も,僕自身にかけられた呪縛も,アビーなら解くことができるかもしれない.
ガナンを止める?何を考えてるんだよ.一体どうしたんだよ!
 アビーの必死な声が響いてくる.あなたがどう思ってくれてるのか,僕は知らない.でも僕はあなたのことを,この世でたった一人の友達だと思っているよ.
「ごめん,今は言えないんだ.アビー,僕を止められるのはあなただけなんだ.これだけは,覚えていてほしい」
 少しの,沈黙.
・・・ガナン,俺はガナンを信じたい.たとえこれから,何があっても
 ズキン,と心が痛んだ.その直後に,心の底に温かい感情が,少しだけ広がったような気がした.僕にもまだ,心があるんだね.
「ありがとう」
 そう言って,微笑んだ.意識が遠退いていくのが分かる.もう限界に近かった.
 本来,入ることのできる空間ではないところへ踏み入ったからだ.僕だけが,強い力を使えないわけではないけど,かなり苦しい状態であることに変わりはなかった.


気が,狂いそうだ.


 でも,僕は誓うよ.僕の全てをかけても,君たちだけは守りぬく.君たちには,たぶん悲しい思いをさせてしまうだろうけど.君たちの命を守ることができるなら,他の全てをを捨ててしまっても構わないんだ.


 清々しい,いつもの朝とは少し違った.昨日空中国シュパイエルへやってきて,首都ラーゴにある王宮で晩餐会に出席して,王宮での一日目の夜を迎えて,やがて朝になる.
 予定では,翌日も王女たちに謁見なり,大使たちに話を聞くなり,数少ない巫女を訪ねる予定だった.
 昨日の夜半過ぎ,王宮の北にある塔の方向から爆発音がした.
 エリオット・ノイールは,巫女を生業としている.シュパイエルへ招かれたのも,その能力を期待されての部分が大きい.だからこそ,何かあったときは精一杯自分なりに出来ることをしようと思っていた.だが,このとき寝ていたベットから起きあがり,素早く着替えて表に出ようとすると,反対に兵士の一人に止められてしまった.いつも,自分についてくれている兵士が,ドアの外に立っていて,自分の部屋にいてくださいと言った.
 エリオットは,自分の役目は巫女としての仕事だと思っていたから,とりあえず今は頷いて大人しく自室に戻ることにしたのだ.
 だが,しばらくは眠れなかった.表でした大きな音が何なのか気になってしかたがないのと,その後やたら周りが静かなままであることに,妙な不安が胸に広がる.普通,王宮で何かコトが起きれば全勢力を挙げてその解明にあたるものなのに,その様子を探る以前に物音ひとつしないなんて,どこか妙なに感じていた.
 エリオットは,目深に毛布を被った.眠らねばと思えば思うほど,眠りから遠退いていくように感じた.
 そのせいで,翌日彼女は寝不足の顔で朝食をとることになる.


 随分と,王宮の中を案内してもらったショウ・カイル・ニューエントは,少しの変化に気付いた.
 昨日の夜,騒がしい何かを感じたのだが,夜半過ぎまで調べものをしていたため,そちらに興味がとられていて,それを調べにいくという行動には出なかった.
「どうかしたんですの」
 不思議そうに,第三王女ことアミル・フィオール・ラズロックが自分を覗き込む.
「いや,何でもない.少し眠くてさ」
 苦笑いをしてみせるショウ.その隣では,ナミカも同じように居眠りをしていた.どうやら彼女の場合は,調べものが苦手ということも手伝っているようだが.


 フェラナーナを出発して,リュアナたちは一旦休憩をとることになった.
 ちょうど,おやつどきの三時ということもあって,フローラ・イリーズはバスケットに入っているクッキーを皆に配ろうと思っていた.一緒にいたマリア・クラレンスも,前にフローラ自身からクッキーの話を聞いていたので,二人で協力して皆に配ることにした.
「はいどうぞ」
「フローラの作ったクッキーなんだよぉ」
 二人は,ちゃんと一人ひとりに手渡していく.皆もそれぞれに,美味しそうなクッキーに嬉しそうな顔をしている.
「食べてもいい?」
 最後に手渡した,タツキ・ガーネアの言葉にフローラとマリーは頷いてみせた.

「いただきま〜す」
 お茶の時間が始まった.
「おいしい〜」
「うん,うまいぞ」
「クッキーなんて久しぶりだよな」
 皆,口々に感想を言いながら,それぞれにクッキーを楽しんでいるようだ.フローラは横にいるマリーと顔を見合わせて微笑んだ.


 一時間ほどの休憩をとってから,リュアナたちは,再び歩き始めた.この分だと,明るいうちにガガンタへ着けるだろう.
 ガガンタという街は,この大陸の中でも首都に継ぐ大きな街で,人通りも多くて賑やかな場所だから,それぞれに期待していることも多いと言えるだろう.


「おい」
 ふいに声をかけられて,タキは振り返った.
「アビー,どうしたの?」
 皆が前をずんずん歩いて行ってしまうというのに,アビーはタキの腕を掴んで立ち止まっていた.
 その目が真剣だったから,タキは頷いて同じように立ち止まることにした.
「話が,ある」
 タキは,再び頷いた.
「俺はこれから,皆とは別行動をとる.だからタキには,リーダーを任せてもいいか?俺の代わりにリナを・・・いや,皆を守って欲しいんだ.頼む」
 タキは突然の申し出に驚いた.
「別行動って・・・アビー,これからどうするつもりなんだい?何があったの」
 アビーは,タキの言葉に少し迷うような顔をした.
「俺の一番守りたいものはリュアナだけじゃないんだ.でも,妹を一人にするわけにはいかない.できるだけ,俺の代わりに妹を守って欲しい」
 アビーは,首から下げていたものを自分で外して,タキに手渡した.それは水晶の欠片をペンダントにしたものだった.
「これは?」
 タキはアビーに尋ねた.
「リュアナが持っている水晶玉と同じものだ.妹に何か異変が起こったとき,多分これにも変化が見えると思う.これから起こる何かに対抗できるかもしれない」
 アビーは,そう言った.不安そうな表情を見せるタキ.リュアナが心配でもあるが,それ以上に目の前からいなくなるかもしれないアビー自身も心配なのだ.
「守る,守らないじゃなくてね・・・アビーはこれからどうするの?俺に全てを任せてしまっても,アビーが危険な目に遭うのなら,俺は賛成できないよ」
 タキの言葉に,苦笑するアビー.
「リュアナは幼い頃から,予知夢という能力を持っていたんだ.妹はちょうど三年前,俺が傷つき,死んでいく夢を見た.それがいつのことなのかは,分からない.でも妹は俺に言った.お兄ちゃんは,大切なものを守るために命を落とすんだってな」
 アビーの顔を,見つめるタキ.その目には驚きの表情があった.
「リュアナさんの予知夢,外れたことはないの?」
 タキの表情が真っ白であることに,再び表情を崩すアビー.
「ああ,無い.一度もな.だからたぶん,昼間に言っていた恐いこと,ってヤツも俺が死ぬ前兆なのかもしれない.それとも」
 アビーは,言葉をそれ以上続けず,首を強く振った.
「それでも俺は,運命ってヤツに逆らう.ガナンに会って,真実を確かめるんだ」
 アビーは,そう言って笑った.暗い表情ではあったが,その目はまだ死んではいないことを,タキは感じた.
「・・・分かったよ,アビー.リュアナは俺が力の限り守る.でもひとつ約束して」
 アビーは顔をあげて,真っすぐにタキを見つめた.
「必ず,このペンダントをあなたに返すまでは無事でいて.リュアナのためにもね」
 アビーは少し微笑んで,頷いた.


 時間を少し,戻すね.フォルとリュアナをルゥナに絵を描いてもらおう!って話,覚えてる?
 あのとき,リュアナの水晶玉に黒い影が写ったんだよね.真っ黒い煙みたいな,雲みたいな,何か.でもあのとき一番驚いたのは,リュアナの驚きかた.ちょっと大げさじゃないかなあ?フォルね,小さいときからリュアナのこと知ってるけど,あんなに大きな声を出すのって初めてみたんだよ!
 だから,本当に驚いたの.でもね,それだけリュアナには大したことだってことだよ.フォルに,何がしてあげられるんだろ?皆で楽しく冒険だ〜とか思ってたのに,悪いことが起こるだなんて,思いたくないよねぇ.でもね,リュアナだってそれは同じだと思う.だからこそ,何かしてあげたい.
 色んなことを,頭の中で考えてたんだよ.でもね,皆近寄ってきたとき,一番最後に来たのはアビーだったの.フォルね,アビーが一番に来ると思ってた.だっていつも,リュアナのこと大切にしてたから.
 それと,もうひとつ.一番最後にやってきたアビーはね,リュアナに心配するな,大丈夫だって言ったんだよ.
 そのセリフ,逆じゃない?リュアナが言うんだったら分かるけどぉ,何でアビーが心配するなって言うんだろ.変だよね・・・.
 ま,とにかくそのときは大丈夫だってことになって,冒険が再開されたんだけど.


 つんつん,とつつかれてフォリア・スピキュールはびくりと体を強ばらせた.何やら考え事をしていたようだ.
「あ,ごめぇん.ちょっと考え事してて,気がつかなかったの」
 えへへ,とフォルはバツが悪そうに笑って見せた.ルゥナ・メイフィールドは,にこにこと微笑んで首を振ってみせた.
 そして,いつものスケッチブックをフォルに提示する.
「ええっと・・・“リュアナちゃん元気がないみたい”」
 読みおわってから,フォルは思わずリュアナの方を振り返った.勿論,三人並んで歩いているので二人でリュアナを見つめる形になる.当然その歩みも少し遅くなる.
「え,何?どうしたの」
 そのことを敏感に感じ取ったのか,リュアナがキョロキョロと辺りを見渡す.
「リュアナ,やっぱり気になるんだよね」
 フォルの言葉に,少しリュアナは黙り込む.その表情は暗いように思えた.
「うん・・・お兄ちゃんは大丈夫だって言ってくれたけど,でも恐くて」
 泣き出しそうなリュアナを見て,フォルもルゥナも心が痛んでいるようだ.
 ルゥナはもう一枚,何かを書いてめくって見せた.
「“きっとだいじょうぶだよ”・・・って,ルゥナが言ってるよ」
 フォルの言葉に,俯いていたリュアナは顔を上げてルゥナの方向を見た.
「ルゥナちゃん,ありがとう.私もなるべく考えないようにするね」
 三人は,お互いに微笑みあった.
「リュアナ〜〜」
 突然,間延びした声が聞こえたので三人は思わずギョッとした.その声の主は,シーン・エランだった.
「りゅあなぁあ〜んオラの心のとびらを,ノックしてぇ〜ん
 シーンは,リュアナに飛び付いて,例の如くすりすりしてみせる.
「しんちゃん?どうしたの,疲れたの?」
 全くそういうことに鈍いのか,リュアナは逆にシーンの心配をしているようだ.
「とても五歳とは思えないセリフだよねぇ」
 フォルが,ひくひくと顔を引きつらせながら呟いて一歩退く.
「そう?」
 シーンをだっこしたまま歩くリュアナは,不思議そうに聞き返す.
「心の扉を開けてなんて,思いつかないよ普通はぁ」
 何気ない,セリフだった.
「扉・・・」
 そう呟いて,シーンを落としてしまうリュアナ.
「リュアナ?」
 不思議そうなフォル.
「扉・・・イヤ・・・いやぁあああっ」
 突然叫び声をあげて,その場にしゃがみこんでしまうリュアナ.
 心配そうに,フォルとルゥナがリュアナを見つめた.フォルは,ハッとして辺りを見渡すが,肝心のアビーの姿は無い.
「どうしたよっ!」
 先頭を歩いていたピカピカが,その声に駆け寄ってきた.肩で荒い息をしているところから,脱兎の如く駆けてきたらしいことを容易に想像できる.
「また,何かを思いだしたのかなぁ.水晶玉のことなのか,何なのか突然さけんでたみたいだよぉ」
 フォルが,不安そうに話す.
「大丈夫かい?」
 タキも,周りに来ていた.結構本気で走ったらしく,彼も肩で息をしている.
「リュアナ,今日はもう先に進むのをやめておこうか」
 ピカピカが,優しくそう言った.リュアナはがたがたと震えたままだ.そっと,抱きしめるピカピカ.
「大丈夫だ,オレがついてる.絶対大丈夫だから」
 リュアナは,ボロボロと涙を流して泣いていた.話せる状態ではないようだ.
「もう目の前に,ガガンタが見えるから,そこでもう今日は歩くのやめようよ.ね」
 フローラが言った.
「これからのもの,何か沢山買わなきゃダメだしぃ,リュアナちゃんだって,疲れてるのかもしれないもんね」
 マリーが,うんうんと頷いて続ける.
「・・・そうだな,そうするか」
 ピカピカは,不安そうにそう言った.リュアナはピカピカに抱きついたまま,まだ体を震わせていた.


 皆は,商人の街・ガガンタで今日の歩みを止めることにした.


 ルゥナの持ってきていた,高価な宝石類のおかげで,普通の宿に全員で泊まることができるようになった.
 ルゥナ・メイフィールドの父親はシュトゥットガルドから派遣されている,高名な学者で,彼女も幼い頃から不自由ない暮らしができていたせいもあり,お金というものに対しての執着心も全くと言っていいほど,無かった.
 自分の持っている綺麗なブローチが宝石であることに,つい最近まで気づかなかったのもそのせいである.
 ともあれ,これで一行はお金に困ることはなくなったわけだ.


「ピカピカ」
 夕食を終えて部屋へ帰ってきた頃を見計らって,タキが彼女に声をかけた.
「タキ?どうしたんだよ」
 アビーのことで,と言うとピカピカの顔色が少し変わった.
「・・・ここじゃ何だし,外に出ようぜ」
 二人は宿からこっそり抜け出した.


「で,アビーがどうしたんだよ」
 無関心なフリをしてはいるが,ピカピカの表情には明らかに焦りが見えた.
「ガナンさんとアビーさんは,親友同士だったのかな」
 言われて,ピカピカは頷く.
「ああ,そうだよ.あいつらは小さいときから一番の親友だと思うぜ.お互いにな」
「ガナンさんは,何でオクヌ村に残ったんだろうね.何か知らない?」
 ピカピカは首を振った.
「あいつは気紛れなところがあるからな.オレにもよく分かんねぇよ.でも,あいつアビーのこととなると目の色変えるからなぁ」
 ピカピカはそこまで言って,タキの胸元に目を止めた.
「それ!アビーのじゃねぇか.別行動とるってあいつ,言ってたんだろ?」
 言いあてられて,思わず頷くタキ.
「ガナンさんに会って,真実を確かめるんだって言ってた」
 ピカピカは少し,悔しそうな顔をした.
「やっぱり・・・あいつら,リュアナのこと知ってて知らないフリしてやがんな」
 ファイティングポーズをしてみせるピカピカ.かなり悔しそうだ.
「何か知ってるんだね,ピカピカも」
「おまえこそ,アビーから何吹き込まれたんだよ!このままじゃ,リュアナだけじゃなくて,オレたち皆死ぬかもしれないぜ」
 指差されて,タキは思わず口籠もる.でも約束は,約束だ.
「俺はアビーさんを信じたい.必ず帰ってくると約束してくれたから.妹であるリュアナさんを放っておくわけないって,必ず戻ってくるって信じたい」
 ピカピカは舌打ちした.
「バカだなお前.まだ気づいてないのか?あいつらは,兄妹じゃないんだぜ.血は繋がってないんだ.それにリュアナは」
 そこまで言って,ピカピカは凄い勢いで振り返る.
「ガナン!隠れてないで,出てこいよ」
 夜の街に,ガナンの影が写る.噴水のある公園で,彼らは再会をはたした.
「ピカピカには適わないね.そこまで知っていて,僕を自由にしてるんだ」
 くすくすと,ガナンは笑った.
「お前のためじゃねーよ!アビーとリュアナのためだ」
 ピカピカは,ガナンをにらみつけた.
「だとしたら,手加減しなくてもいいですよね?お互い守りたいもののためなら,命も惜しまない性分ですからね」
 すっと,ガナンがピカピカに手をかざしてみせた.ふわりと,ピカピカの体が宙に舞ったかと思うと,大きな木に向かってその体が飛んでいく.まるで,風に舞う木の葉のように,軽々と.
「ピカピカさん!」
 タキは思わず駆け寄る.
「その石を,使うんだよ・・・タキ」
 ゴホン,と大きく咳き込むピカピカ.タキは頷くと,首から下げたその石をガナンに向かって見せるようにした.
「何故タツキ君がそれを持っているんですか?その石を,使うのはまだ早いですよ」
 眉間にしわを寄せて,ガナンはかき消えてしまった.あっと言う間の出来事だった.まるで夢のようだった.


 翌日の朝,タキとピカピカは朝食をとりに降りてこなかった.二人は寝坊しているようである.
「呼んでくるね!」
 フォルはそう言って,元気に二階へと駆け上がる.
 まずはピカピカの部屋をがちゃん,と開けると叫ぶ.
「おっはよう〜ピカピカ!朝だよ」
 毛布をひっぺがされて,ピカピカが機嫌悪そうに唸る.
「あと少し寝かせてくれよぉ〜」
 ごろごろと寝転ぶピカピカに,指差してみせるフォル.
「朝イチで出発だぁ!とか言ってたの,ピカピカでしょ☆ダメだよ,言い出しっぺが寝坊しちゃぁ」
 フォルはそう言ったとき,ピカピカの右手にかすり傷のようなものを発見した.
「あれぇ,少しすりむけてるよピカピカ」
 フォルが,その手をとる.ピカピカは思わずその手を引く.
「あ,これ昨日ちょっと階段でこけてな.こんなの,なめときゃ治るって.それより朝メシいくよ.タキもオレが起こす.先に行っておいてくれ」
 にっこり笑うピカピカに,頷くフォル.彼女の部屋から出てきて,階段を下りながら呟く.
「タキも寝坊してるって,フォル言ったっけなぁ」
 フォルの頭に,ハテナマークが浮かんでいた.


「タキ,起きてるかよ?」
 ピカピカの声で,タキは起き上がった.どうやら寝坊したようである.
「ごめん,寝坊したみたいだ」
 ペットから起き上がるタキ.無造作にかけてあった服に着替える.
「入っていいか」
 ピカピカの声に,タキはそのドアを開けてやる.
「おはよ,タキ.オレたち二人でガナンの奴に会っちまったってコト,あいつらには言わない方がいいと思うんだ」
 ピカピカの言葉に,タキは頷いた.
「そうだね・・・どうやらガナンは俺たちのことを全然知っているらしいし,その方が安全かもしれないな」
 タキはそう言って,少しだけ俯いた.自分に今できることは,何なんだろうか.


朝食を済ませたリュアナたちは,街を散策することになった.軍資金はルゥナが出してくれるし,何より物珍しいものだらけの街を探検しない手は無い.
「じゃあ,二手に別れようぜ」
 アゲートの言葉に,皆が頷いた.アビーが居ない今,リーダーは事実上アゲートとピカピカである.
「オレとアゲートは別々になった方がいいからさ,まず二手に分かれようぜ」
 ピカピカの言葉に頷いて,アゲートがピカピカと向かい合って立つ.
「マリーとフローラはオレと一緒で,タキはリュアナ・・・と,ルゥナとフォルでアゲートの方.シーンはオレの方だな」
 ピカピカに言われたとおり,一人ずつ向かい合って並んでいく.
 ピカピカと一緒に街を回るのは,マリー,フローラ,それにシーン.
 アゲートと一緒に街を回るのは,リュアナ,タキ,それにルゥナとフォル.
「お昼に公園に集合だ.オレの方は食料関係を買うからさ,アゲートの方は身の回りの装備を買ってくれよ」
 ピカピカに言われて,アゲートたちは頷く.二手に別れて,一行は散策を始めた.


「すごい沢山人がいるねぇ」
 マリーが物珍しそうに,周りをキョロキョロと見渡す.
「オラ,リュアナと一緒が良かったぁ〜」
 シーンが,ぶつぶつ言いながらも,ピカピカに手を(無理矢理)繋がれて,引っ張られながら歩く.
「これからも,先は長いんだから,保存のきくものがいいわよね」
 フローラが嬉しそうに言う.
「ルゥナにもらったお金とかも,考えながら買わないとなぁ」
 ピカピカが,無造作に金勘定をしている(このへんはお子さま).
「こんなに沢山あるんだから,市場とかぜぇ〜んぶ買えるよ,きっと
 マリーが嬉しそうに顔を紅潮させる.
「全部?本当に?」
 目を真丸くさせて,フローラも嬉しそうにまじまじと,そのお金をながめる.紙のお金というだけでも珍しい.
「あ!あの果物うまそぉだぞ〜」
 シーン・エランが,パタパタと走り始めるとピカピカは,眉間にしわを寄せてその首ねっこを捕まえる.
「ダメだろ?自分勝手に,行動してんじゃねえよ.何を買うかは,皆で相談して決めるんだからな」
 じっと,睨み付けられて少し青くなってしまうシーン.
「うぅ,ごめんなさいぃ〜」
 頭をぐりぐりされて,痛そうな顔をする.
「しんちゃんは,果物が好きなの」
 マリーに言われて,ぶんぶんと頷いてみせるシーン.
「好きだぞ!他にもお菓子とかジュースとかも好きぃ〜」
 嬉しそうに,顔を間延びさせるシーン.
「保存食にならないだろ!栄養とかも考えるんだよ,このバカ」
 ピカピカに更にぐりぐり攻撃を受ける.
「あうぅ,じゃあ,アレ」
 シーンが指差したのは,干し肉だった.どうやら量り売りらしく,細かいものが山積みになっている.
「よし,お前にしちゃいい意見だ.採用」
 ピカピカが,頷きつつ,先程ポケットにしまいこんだお金の一枚をフローラに手渡す.
「フローラ,これで干し肉買ってくれ」
 ピカピカからお金を受け取って,ぱあっと顔を紅潮させるフローラ.お金でものを買うなんて,初めての経験だ.
「うん!任せて」
 フローラは,お店の人らしき,親父のプラネタに近付いていく.
「おじさん,お肉下さい」
 声をかけられて振り返る親父.
「お嬢ちゃん,いらっしゃい.どれくらいあげればいいんだい」
 言われて,お金を差し出すフローラ.その手が緊張のため,少し震えている.
「お金持ちだね,お嬢ちゃん.いいだろ,少し待ってな」
 紙袋を取り出して,計り出す親父.それをわくわくした顔で待つフローラたち.
 計っては紙袋に,サクサクと干し肉が入れられているのを,三人はじっと眺めている.
 その目はまさしく物珍しいという感じで,肉の山から紙袋に,視線が流れていく様子は端で見ると面白かった.
「結構沢山買っちゃったねぇ」
 袋一杯の干し肉を眺めて,マリーが嬉しそうに言う.
「重いだろ,大丈夫か?」
 シーンが受け取って,よろついているのを見て,ピカピカが心配そうに言う.
「大丈夫,これくらいやるぅ〜」
 にへら〜と,シーンは笑って見せた.
「ねぇねぇ,あれ綺麗だよ.何かなぁ」
 フローラが,マリーの服を引っ張って向こう側を指差している.
「あれ,貝を研いで作った首飾りと,その奥にあんのが,こう・・・腕に巻くヤツだろ」
 ピカピカが,コトも無げに応えたので,横にいたシーンは驚いた.
「凄いぞピカピカ,何でそんなに知ってるんだ?名前のとおり,ピカピカしたものが好きなのか」
 マリーとフローラはピカピカやリュアナたちとは幼なじみだから,彼女の家が工芸一家であることを知っているのだが.
「あ,そうか.シーンは知らないんだっけ.オレん家って工芸やってんだ.オレも見習いとして,一応一通り色々やってるから,こういうのならお手のものってワケだ」
 にんまり,とピカピカは笑ってみせた.
「そうなんだ〜じゃあ手先とか器用なんだ〜ピカピカ」
 ふんふん,と頷くシーン.
「まあ,普通よりは少しいいかもしれねぇけどそんなに言うほど器用じゃねぇぞ」
 う〜ん,と考え込むピカピカ.
「果物沢山売ってるよ,すごい美味しそう」
 フローラの声に,シーンとピカピカが,その歩みを早める.
「ねぇ,おばちゃん.長いこと持ち歩きたいから,腐りにくい果物教えてくれる?」
 マリーが,店頭にいた店番の女性に聞くと,彼女はマリーたち四人を見下ろした.
「そうだねぇ,オレンジのジャムはどうだい?それとも,干した果物の方がいいのかい」
 あちこち指し示すその指先を,四人は一生懸命見つめる.
「すごい,うまそうだぞぉ〜」
 シーンは既に,よだれを垂らさんばかりの勢いだ.他の三人も,口をポカンと開けたまま眺めている.
「よし,両方ちょっとずつ買おうぜ!」
 ピカピカの言葉に,三人は力強く頷いた.
「さんせ〜い」
「それ,いいそぉ」
「どれくらいにするの?」
 ピカピカたち四人は,こんな感じで買い物を続けていた.時間のたつのも,この調子なら早そうである.


 アゲートたちは,ピカピカたち四人が入っていった市場の路地とは反対方向へと歩き始めていた.
「えっと,まず最初に何を買おうかな」
 アゲートが考え込む.
「そうだね,これから先は沼地もあるし,ランプの予備とか,ロープも必要になってくると思うな」
 タツキ・ガーネアが続ける.
「フォルね,寒くないように毛布とかも欲しいなぁ」
 フォリア・スピキュールも言う.
「ごはん作るときのお鍋,持ち歩く用のがあとひとつくらい,あるといいとおもうんだけどな」
 リュアナも,そう言った.
「あ,何か色々売ってるよ」
 フォルが指差した店は,生活品雑貨のようなものを売っているお店だった.
「ルゥナちゃんも,何かいいものを見付けたら教えてね」
 フォルに言われて,ルゥナは微笑んで頷いてみせた.
 アゲートの次にタキとリュアナ,そしてルゥナとフォルの順で店に入っていく.
 その店は,プラネタのお祖母さんが一人で経営している,こじんまりとしてはいるが,可愛いお店だった.
 食卓を飾る,綺麗なろうそく立て.小さな飾り絵.ピカピカ光るものがついた,綺麗な鏡.その他にも,色々な雑貨がところ狭しと並べられていた.
「色々あるねぇ」
 フォルが,辺りを見渡しながら,感心したように呟いた.
「店の人に,直接何が欲しいか言った方が,早そうだね」
 タキの言葉に,アゲートやルゥナ,フォルやリュアナが頷いてみせる.
「じゃあ,そうするか.ええと,何を買うんだっけか」
 アゲートが考え込むのを見て,タキが苦笑してみせる.
「じゃあ,俺が店の人に聞くね」
 タキが言ったので,アゲートは少しバツが悪そうに笑って頷いた.
「すいません,いいですか?」
 目の前にきた,子供五人を,店のお祖母さんは目を細めて眺めた.
「おや,いらっしゃい.何かお探しかね」
 タキは,頷いた.
「これから長い道程を歩きますので,旅支度をしたくて来たんです.それに見合った品物を見せていただけますか」
 タキのしっかりした口調に,お祖母さんは少し微笑んで頷いた.
「それじゃ,揃えてあげようね」
 店の中をあちこち動いて,色々なものを,皆の目の前に並べてくれた.
 丈夫そうなロープ,大きなカンテラと油差し,携帯用のスコップの大きいものと小さいもの,くるりと巻けるような,携帯用の温かそうな毛布.中央にあるのは,大きなお鍋.中にはもう一回り小さいお鍋,その中にはお皿やコップがいくつか入っていた.
 そして一番手前にあるのが,それらを入れるような感じの,中くらいの背負い袋が二つと,小さい腰につけるようなポーチが二つ.
「これは,どうするね」
 そう言って,お祖母さんは小さなナイフを取り出した.両側からナイフが飛び出すような,携帯ナイフだ.
「ひとつくらい,あってもいいんじゃないかな」
 タキの言葉に,アゲートは頷いた.
「そうだな,色々役にたつと思うぜ」
 結局,そのお店で出されたもの全てを一行は買うことにした.皆で分けて持っても,結構重い.皆は待ち合わせ場所へすぐ向かう事にした.


 お昼目指して,皆は集合することになっていたが,先にアゲートたちはそこに着いてしまっていた.予想以上に荷物が重かったので,動き回るのを止めたのである.
「案外疲れたなぁ」
 アゲートは,かなりの荷物を見渡したあと,ため息をついた.
「ピカピカたち,お買い物してるのかしら」
 リュアナが,目をぱちくりさせて呟いた.
「そうだね,食料担当だから時間がかかるんじゃないかなあ」
 タキが考えながら,市場の方を眺めながら応える.
 まだお昼ごはんを食べるには,早い時間帯であるため,ピカピカたちが来るのはもう少し後になるのは,容易に想像できた.
「今朝いれといたんだけど,お茶でも飲む?」
 タキが,水筒を示して周りの皆を伺うように見渡した.
「うん,飲む!」
 フォルが元気よく応えた.横にいたルゥナとリュアナも嬉しそうにニコニコして頷く.
 アゲートたち五人は,少し早いお茶の時間を楽しむことにした.


 お茶を飲み終わって,しばらくしてから前回と同じように,ルゥナ・メイフィールドが今度はアゲート,リュアナ,タキ,フォルの四人を描いてくれることになった.リュアナとフォルは嬉しそうだが,アゲートとタキは,絵のモデルになるのは初めての経験で,少しばかり緊張しているようだ.
「アゲートもタキも,そんなコチコチにならなくても大丈夫だよ」
 ふふふ,と面白そうにフォルが笑う.
「でも何か照れ臭いだろ,こういうのって」
 タキが言葉を詰まらせながら,言い訳をしてみせる.アゲートも心なしか,少し顔が紅潮しているようだった.
 広場には,自分たち以外にも沢山のひとたちが忙しく行き来している.彼らは皆,それぞれに目的があってこの市場に来ているために,アゲートたち目にも止めずに,足早に過ぎ去っていく.
 だが,そのうちの一人がふと足を止めて,じっとこちらを伺っているような様子を見せていることに,タキとフォルが気付いた.
「何か,フォルたちの顔についてるのかな」
 フォルが,リュアナやタキの方をちらりと見てそう言った.
「知り合いじゃないよね.何なんだろう」
 タキは少し,警戒している.そのうち,ゆっくりと近付いてきた.
「君たち,お父さんやお母さんは?」
 言われて,真っ先にアゲートとタキが立ち上がる.
「あたし達だけだよ」
「何か用ですか」
 それぞれに,アゲートとタキが言葉を話すと,その青年はしばらく考えているようだ.
「・・・そこのお嬢さんに,少し話があるんだけど,いいかな」
 プラネタの青年は,リュアナの方を見て,そう言った.目の見えないリュアナ本人は,自分がそう言われていることに気付いていない.タキが,警戒するような目をして,リュアナの前に立って,守るようにする.
「リナに,何の用ですか」
 タキに睨み付けられても,青年はひるむ事なく,もう一歩近寄って微笑んでみせる.
「そんなに警戒しなくても,話をするだけだから.何なら,この場所で皆で聞いてくれても構わないよ」
 大げさに,その青年は身振り手振りでそう言ってみせる.
 そのとき,タキの胸元のあたりと,リュアナのポケットの辺りから光を放つのが全員に理解できた.
「リナ!」
 思わず,タキがリュアナを振り返って叫ぶと,その青年はニヤリと笑って,ゆっくりと近付いてきた.
「やはり持っていたな」
 リュアナも立ち上がって,一歩後退する.正体不明の青年に,怯えているようだ.自分のポケットにある,水晶玉の変化に気付いてそれを取り出す.
「いや・・・来ないで・・・」
 リュアナが呟いて,ぎゅっと目をつぶる.
「もう逃げられないよ,リュアナ.目覚めのときは近付いている」
 その青年は,すぐ目前まで迫っていた.タキは胸元から水晶の欠片を取り出した.光輝くそのペンダントに,一瞬青年は手をかざすような仕草を見せ,眉をひそめる.
「アビーは君に全てを託したんだね」


その声は.
まさしく,ガナン・イルビアラのもの.


 全員が,息をのんで青年をみやる.みるみるうちに,その姿が変化していった.ゆらりと歪んで,その青年の姿はガナンへと近付いていく.
「リナ,僕だよ.一緒に行こう」
 ガナンが,リュアナに手を差し伸べる.
「ガナンさんなの?」
 探すように,リュアナも手を差し伸べる.
「駄目だ!リナ,行っちゃ駄目だよ」
 慌ててリュアナをタキが引き寄せる.一歩だけ踏み出したリュアナを,横から引き寄せて抱き締める.
「タツキ君,どうしても邪魔をするんなら」
 ガナンが,すっとその手をタキに向かってかざす.
「容赦はしないよ」
 アゲートが,咄嗟にタキとリュアナを思い切り突き飛ばした.ガナンの腕から伸びた,黒い闇のような何かが,ゆらりと揺らめく.彼の腕から,それは伸びていた.
「リュアナ,逃げて!」
 フォルも,リュアナを掴んで,必死に助け起こす.
「無駄だよ,フォリアさん.僕たちを止められやしない」
 ニヤリと笑うガナンは,皆の背筋を冷たくさせた.恐怖や畏怖,何かそんな雰囲気を彼から感じているようだ.
「守るって,約束したんだ.絶対に渡さない」
 タキは再び,リュアナの前に立ちはだかる.アゲートも同じように,リュアナの前に立って彼女を守る.その後ろで,リュアナとフォル,それにルゥナが怯えた表情で立っている.
「・・・いいでしょう.アビーと一緒に,光の山でお待ちしていますよ」
 ガナンは,そう言って笑った.そして次の瞬間には,掻き消えていた.
 フッと,その雰囲気が消えて,元どおりの市場の景色が戻る.まるで違う場所から戻ってきたような,そんな感じだった.全員,思わずその場に座り込んでしまっていた.
 ピカピカたちと広場で合流して,昼食をとる時に,ガナンの話を皆にすると,リュアナの表情が少し曇ったように見えた.
 少し重い雰囲気になったまま,一行は買物を済ませてから,とりあえずはガガンタで一泊することにした.


いなくなったアビー.
雰囲気の変わってしまったガナン.
怯えたままのリュアナ.


 沢山,考えることが山積みのまま,ガガンタの夜は更けていく.


 首都の街・ラーゴのとある場所で,ショウ・カイル・ニューエントは,セルバの少年に声をかけられた.
「ずっと,僕を探してたみたいだけど,何か僕に用ですか?【闇律の貴公子】さん」
 彼はそう言って,微笑んだ.
「ふうん・・・俺のこと,知ってるわけだ.あんた一体,何者だよ」
 その言葉に,微笑んでみせる少年.
「申し遅れましたね.僕はガナン・イルビアラ.薬師をしています」
 ショウは,軽く頷いてみせる.お互い,腹には思うところがあるのか,表情は崩さないままだ.
「それで,その水晶玉は何なんだ」
 ショウに言われて,ガナンは持っていた水晶に視線を落とす.
「僕の大切なものの一つですよ.あなたの,その腰に下がってる剣と似たようなものですけどね」
 自分の剣に,視線を落とすショウ.少しの沈黙の後,もう一度ガナンを見据える.
「あんたと一緒にいたの,この国の王様なんだろ?何をしようとしてんだよ」
 ショウの言葉に,くすりと笑うガナン.
「知りたいですか」
 ガナンの言葉と同時に,水晶玉がぼうっと光を放つ.少し,透き通っていた中に黒い煙のようなものが映る.
「僕は光の山に居ます.世界の闇を救う覚悟があるなら,いつでもおいでください.それなりにお相手させてもらいますよ」
 その言葉が終わると同時に,ガナンの姿は掻き消えた.ショウは,ガナンの消えた空間を睨み付けると,深くため息をついた.これから一体,どうしようかと思いながら.


GP輝凛E1 第3回「何かが道をやってくる?」終わり

GP輝凛E1 第4回へ続く

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